脱炭素先行地域とは?
「脱炭素先行地域」とは、日本の2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、民生部門(家庭部門及び業務その他部門)の電力消費に伴うCO₂排出を実質ゼロにし、さらに運輸部門や熱利用等を含むその他の温室効果ガス排出削減についても、地域特性に応じて実現する地域のことを指します。これらの地域は、「実行の脱炭素ドミノ」のモデルとなり、脱炭素化の実現において先導的な役割を果たします。
政府は2021年に「地域脱炭素ロードマップ」を策定し、地方自治体や地元企業、金融機関が中心となって、国の支援を受けながら脱炭素化の取り組みを進める方針を明らかにしました。2025年度までに少なくとも100か所の脱炭素先行地域で、地域特性に応じた先行的な取り組みの道筋をつけ、2030年度までにこれを実行することで、農山漁村、離島、都市部の街区など多様な地域の課題解決と住民の生活の質向上を実現しながら脱炭素に向かう取り組みの方向性を示します。
地域脱炭素とは?
脱炭素先行地域の理解を深めるために、地域脱炭素の趣旨についても見ていきましょう。
地域脱炭素とは、脱炭素を成長の機会と捉える時代の地域の成長戦略とされています。ここでは、自治体・地域企業・市民など地域の関係者が主体となり、今ある技術と再エネ等の地域資源を最大限活用し、経済循環を促進させ、地方創生につなげていきます。防災や生活品質の向上等、地域課題の解決にも寄与すると期待されています。
地域脱炭素が目指すもの
地域脱炭素の取り組みでは、産業、暮らし、交通、公共等のあらゆる分野で、地域の強みを生かして地域創生に寄与することが重要とされています。そのために、特に地域における再生可能エネルギーの導入拡大は鍵とされています。地域の企業や地方公共団体が中心となり、地域の雇用や資本を活用しつつ、地域資源である豊富な再エネポテンシャルを有効活用し、「消費する地域」から「生み出す地域」に移行することは、地域の経済収支の改善につながると期待されているのです。
地域脱炭素ロードマップ
地域脱炭素ロードマップには、足元から5年間に政策を総動員し、2030年度までに少なくとも100か所の「脱炭素先行地域」をつくることや、全国で重点対策(自家消費型太陽光、省エネ住宅、ゼロカーボン・ドライブなど)を実行することが盛り込まれています。また、以下3つの基盤的施策を実施することも合わせて、脱炭素先行地域のモデルを全国に伝搬し、2050年を待たずして脱炭素を達成する全体像が描かれています(脱炭素ドミノ)。
〈3つの基盤的施策〉
①人材・情報・資金の継続的・包括的支援スキーム構築:地方支分部局が水平連携して支援実施
➁ライフスタイルイノベーション:排出見える化や、ふるさと納税の返礼品としての地域再エネ活用など
③ルールのイノベーション:風力発電の環境アセスの最適化や、地熱発電の開発加速化など
脱炭素先行地域はこれまでに計4回の募集が行われ、令和5年8月の第4回 脱炭素先行地域までに、全国36道府県95市町村の74提案が選定されています。
脱炭素先行地域が取り組むべき重点対策
「脱炭素の基盤となる8つの重点対策」は、脱炭素の基盤となる重点対策をまとめたものです。それぞれの内容について解説します。
1.屋根置きなど自家消費型の太陽光発電
建物の屋根等に太陽光パネルを設置し、発電した電力を施設内で自家消費するモデルを指します。自家消費型太陽光発電は、系統制約や土地造成の環境負荷等の課題が小さく、系統電力より安いコストで電力を生み出せるケースも増えつつあります。蓄電池と組み合わせることで災害時や悪天候時の非常用電源の確保も可能です。PPAモデルやリース契約による初期投資ゼロでの導入方法や駐車場を活用したソーラーカーポート、定置型蓄電池やEV/PHEV等と組み合わせることによる再エネ利用率拡大などの創意工夫も可能です。
【参考】:【法人向け】自家消費型太陽光発電システムとは?基礎知識や導入のメリットなど解説
2.地域共生・地域裨益型(ひえきがた)再エネの立地
営農型太陽光発電など一次産業と再エネの組合せ、未利用地やため池、荒廃農地などの有効活用、地元企業による設備工事の施工、地域金融機関の出資等による収益の地域への還流、災害時の電力供給など、地域の環境・生活と共生し、地域の社会経済に裨益する再エネの開発立地を、できるだけ費用効率的に行うといった施策です。そのために、市町村は、地域の再エネポテンシャルを最大限活かす導入目標を設定し、公共用地の管理者や農業委員会等と連携し、再エネ促進区域の選定(ポジティブゾーニング)、環境配慮や地域貢献の要件の設定や地域協議会の開催等を主体的に進めていくとされています。
3.公共施設など業務ビル等における徹底した省エネと再エネ電気調達と更新や改修時のZEB化誘導
庁舎や学校等の公共施設を始めとする業務ビル等において、省エネの徹底や電化を進めつつ、二酸化炭素排出係数が低い小売電気事業者と契約する環境配慮契約を実施するとともに、再エネ設備や再エネ電気を、共同入札やリバースオークション方式も活用しつつ費用効率的に調達するなどといった施策です。あわせて、業務ビル等の更新・改修に際しては、2050年まで継続的に供用されることを想定して、省エネ性能の向上を図り、レジリエンス向上も兼ねて、創エネ(再エネ)設備や蓄エネ設備(EV/PHEVを含む。)を導入し、ZEB化を推進することが期待されています。
【参考】:二酸化炭素(CO2)排出係数とは?各係数の違いや排出係数削減方法を紹介
4.住宅・建築物の省エネ性能等の向上
地域の住宅・建築物の供給事業者が主役になって、家庭の最大の排出源の一つである冷暖房の省エネ(CO₂削減)と、健康で快適な住まいの確保のために、住宅の断熱性等の省エネ性能や気密性の向上を図るものです。住宅の再エネ・創エネ設備や、蓄エネ設備(EV/PHEVを含む。)は、ネットワーク化することで需給調整に活用でき、地域のレジリエンス強化にも資するものです。
【参考】:【2022年】太陽光発電の設置義務化について解説!
5.ゼロカーボン・ドライブ(再エネ電力×EV/PHEV/FCV)
再エネ電力とEV/PHEV/FCVを活用する「ゼロカーボン・ドライブ」を普及させ、自動車による移動を脱炭素化する施策です。動く蓄電池等として定置用蓄電池を代替して自家発再エネ比率を向上し、災害時には非常用電源として活用し地域のエネルギーレジリエンスを向上させることが可能です。この施策においては、EVカーシェアリングの実施や自動車会社と自治体の間での災害時にEV/PHEV/FCVを搬入し給電を支援する協定、自律走行機能を搭載したEVバスが町内5kmの公道を定時定路運行、地域特性に応じてタクシーにEVやFCVを導入する、などの創意工夫が可能とされています。
6.資源循環の高度化を通じた循環経済への移行
プラスチック資源の分別収集、食品ロス削減、食品リサイクル、家庭ごみ有料化の検討・実施、有機廃棄物等の地域資源としての活用、廃棄物処理の広域化・集約的な処理等を、地域で実践するといった施策です。
7.コンパクト・プラス・ネットワーク等による脱炭素型まちづくり
都市のコンパクト化やゆとりとにぎわいあるウォーカブルな空間の形成等により車中心から人中心の空間へ転換するとともに、これと連携した公共交通の脱炭素化と更なる利用促進を図るとともに、併せて、都市内のエリア単位の脱炭素化に向けて包括的に取り組む施策です。加えて、スマートシティの社会実装化や、デジタル技術の活用等を通じて都市アセットの機能・価値を高め、その最大限の利活用が図られます。さらにグリーンインフラやEco-DRR(生態系を活用した防災・減災)等を推進する施策です。
8.食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立
調達、生産、加工・流通、消費のサプライチェーン全体において、環境負荷軽減や地域資源の最大活用、労働生産性の向上を図り、持続可能な食料システムを構築する施策です。営農型太陽光発電、バイオマス・小水力発電、地産地消型バイオガス発電施設の導入等の施策例とされています。
【出典】:地域脱炭素ロードマップ【概要】国・地方脱炭素実現会議(令和3年6月9日)
脱炭素先行地域に選定されるメリット
脱炭素先行地域への選定は、以下のようなメリットがあります。
地域の成長戦略、地方創生への貢献
地域脱炭素は、脱炭素を成長の機会と捉える時代の地域の成長戦略です。地方公共団体・地域の企業・市民など地域の関係者が主役となって、今ある技術を活用して、再エネ等の地域資源を最大限活用することで、経済を循環させ、防災や暮らしの質の向上等の地域の課題をあわせて解決し、地方創生に貢献できるものです。
脱炭素先行地域は、全国のモデルとして「地域脱炭素の推進のための交付金」のほか環境省及び関係府省庁の支援メニューも活用しながら取り組むことが可能です。
地域脱炭素移行・再エネ推進交付金
「地域脱炭素ロードマップ」(令和3年6月9日第3回国・地方脱炭素実現会議決定)及び地球温暖化対策計画(令和3年10月22日閣議決定)に基づき、脱炭素事業に意欲的に取り組む地方公共団体等を複数年度にわたり継続的かつ包括的に支援するために、令和4年度に創設された交付金です。
少なくとも100か所の「脱炭素先行地域」で、脱炭素に向かう地域特性等に応じた先行的な取組を実施するとともに、屋根置きなど自家消費型の太陽光発電設備の導入やゼロカーボン・ドライブ等、脱炭素の基盤となる「重点対策」を全国で実施し、各地の創意工夫を横展開することを目的とするものです。
脱炭素先行地域づくり事業
民生部門の電力消費に伴うCO₂排出実質ゼロ達成等を行う「脱炭素先行地域」を実現するための事業です。再エネ設備の導入に加え、再エネ利用最大化のための基盤インフラ設備(蓄電池、自営線等)や省CO₂等設備の導入、これらと一体となってその効果を高めるために実施する効果促進事業を実施することが可能です。「脱炭素先行地域づくり事業」の活用にあたっては、脱炭素先行地域に選定された地域において実施するものであること等の事業の要件を満たす必要があります。また「脱炭素先行地域づくり事業」の1計画あたりの交付限度額の上限額は、50億円です。
重点対策加速化事業
「重点対策加速化事業」は、全国津々浦々で取り組むことが望ましい脱炭素の基盤となる重点対策を複合的かつ複数年度にわたって取り組む事業です。屋根置きなど自家消費型の太陽光発電設備の導入や、地域共生・地域裨益型再エネの立地、公共施設等のZEB化、住宅・建築物等の省エネ性能の向上、ゼロカーボン・ドライブ等を実施することが可能です。「重点対策加速化事業」の活用にあたっては、事業計画内で再エネ発電設備を一定以上導入すること(都道府県・指定都市・中核市・施行時特例市:1MW以上、その他市区町村:0.5MW以上)等の事業の要件を満たす必要があります。また「重点対策加速化事業」の1計画あたりの交付限度額の上限は、20億円です。
脱炭素先行地域選定結果(第4回)抜粋
令和5年8月に募集が実施された脱炭素先行地域選定結果(第4回)では、どの地域のどのような取り組みが選定されたのか、いくつか例を挙げてみてみましょう。
苫小牧市:ダブルポートシティ苫小牧の次世代エネルギー供給拠点形成への挑戦
~産業(立地企業)の脱炭素化が民生(市街地)のゼロカーボンと地域振興に資する新たなPPAモデルの構築~
【脱炭素先行地域の対象】
西部工業基地(港南)エリア、勇払市街地エリア、沼ノ端クリーンセンターエリア
【主なエネルギー需要家】
一般家庭1,002世帯、業務施設49施設、公共施設8施設、産業自家消費施設15施設程度
【共同提案者】
出光興産株式会社、トヨタ自動車北海道株式会社、北海道電力株式会社、勇払自治会、勇払商工振興会、苫小牧港管理組合、株式会社ベルポート北海道、苫小牧信用金庫、三井住友信託銀行株式会社
【取組の全体像】
ものづくり産業が集積する西部工業基地内の産業施設において、大規模に太陽光発電を導入して自家消費するとともに、余剰再エネ電力を隣接する勇払市街地エリアへ供給することで、産業部門の脱炭素化が民生部門へ波及するPPAモデルを構築。企業等の需要家が発電量に応じた対価として拠出する地域振興費を原資として、人口減少や高齢化などの地域課題の解決に取り組む。また、港湾・空港のダブルポートを有する地域特性を活かし、「先進的CCS事業」(経済産業省)を活用して進めるCO₂の分離回収の取組と連携し、再エネ由来のグリーン水素とCO₂からSAF等の合成燃料を製造して次世代エネルギー供給拠点の形成を目指す。
【出典】:環境省 脱炭素地域づくり支援サイト 脱炭素先行地域選定結果(第4回)一覧・計画概要より抜粋
匝瑳市:そうさ!匝瑳モデルで脱炭素!
~ソーラーシェアリングを中心とした脱炭素化推進プロジェクト~
【脱炭素先行地域の対象】
豊和・春海地区、飯倉地区、中央地区
【主なエネルギー需要家】
戸建・集合住宅2,432戸、民間施設44施設、公共施設11施設
【共同提案者】
匝瑳みらい株式会社、市民エネルギーちば株式会社、株式会社しおさい電力、株式会社富士テクニカルコーポレーション、学校法人千葉学園 千葉商科大学、国立大学法人福島大学、匝瑳市植木組合、株式会社ETA Network Japan、株式会社エコグリーン、ボーソー油脂株式会社、千葉県大利根土地改良区、クレアトゥラ株式会社、株式会社EG Forest、株式会社カインズ、八日市場金融団、三菱UFJ信託銀行株式会社、特定非営利活動法人環境エネルギー政策研究所、匝瑳市商
【取組の全体像】
市の主要産業である稲作農家が集積し、従来から畑作営農型ソーラーシェアリング(SS)が導入されている豊和・春海地区における水田営農型SSの導入等により、脱炭素化を実現。福祉・医療施設等を中核に「生涯活躍のまち」づくりを進める飯倉地区、市役所等の公共施設や商業施設が集積する中央地区と連携した農福・防災連携の取組により、高齢者の雇用確保や市街地でのレジリエンス強化、更に営農型SSの研究・人材育成を行うソーラーシェアリング・アカデミー事業の実施により、農業振興による関係・交流人口増加と移住・定住の促進を目指す。
【出典】:環境省 脱炭素地域づくり支援サイト 脱炭素先行地域選定結果(第4回)一覧・計画概要より抜粋
このように脱炭素先行地域では、今後脱炭素に向けた大規模な施策が実施されます。
まとめ
脱炭素先行地域は地方自治体や地元企業・金融機関が中心となり、環境省を中心とした国の支援メニューも活用しながら実施されるものです。例として紹介の通り、今後これらの脱炭素先行地域では「脱炭素ドミノ」に向けた全国のモデルとなる施策が次々と実施されていきます。
また、地域脱炭素が地域の成長戦略とも言われるように、この取り組みそのものが地方創生に結びつき、地域課題の解決や暮らしの質の向上にもつながる前向きな考え方であることがわかります。脱炭素先行地域の重点対策のトップバッターに「屋根置きなど自家消費型の太陽光発電」が挙げられている通り、今すぐできる対策を地域の一員として積極的に推進していきましょう。